藤原氏北家九条流。鎌倉時代、九条道家の二男二条良実が、二条京極の邸宅を二条殿と称したのが家名の由来。序列は近衛家、一条家に次ぎ、九条家、鷹司家と同格扱いであった。家紋は二条藤。江戸時代の家禄は1700石。維新後、公爵。 足利将軍家および徳川将軍家から、代々偏諱を賜い、五摂家のなかでは、最も親幕府派とされる。また、史上最後の関白(二条斉敬)を出した家でもある。
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鎌倉時代末期の元弘の変において後醍醐天皇の関白二条道平が倒幕関与の疑いを受けて鎌倉幕府より「中院禅閤(二条兼基)等子孫不可為家督」(『花園院宸記』正慶元年4月10日条)の処分を受けて二条家は一時断絶の危機に陥った(後醍醐天皇の復帰で無効となる)。続く、南北朝時代に一時分裂したが、北朝方二条良基(道平の子)のもとで勢力を取り戻した。特に明治以前の即位式において新天皇に灌頂を授ける即位灌頂の儀を掌る役目は室町時代以後二条家が独占していた。江戸時代、当時の摂家最大の実力者とされていた近衛基熙が本来は摂関家全てに即位灌頂の礼式が伝わっている事、先代当主の二条光平の早世で礼式が絶えたことを理由に二条家の独占を継続すべきではないと唱えた。これに対して霊元上皇は他家にも伝わっているにも関わらず二条家の独占になっているのは相応の理由があるからであるとして、たとえ二条家当主が現職の摂関・大臣でなくても「即位灌頂」のみは二条家当主が行う事、もし当主が幼くして二条家を継いだ場合には儀式の秘法を知るもう一人の存在である当代の天皇が責任をもって当主に伝授する事を裁定して公式に二条家の独占となった。
江戸時代の屋敷跡地は、京都御苑の区画外に位置していたため、他の4家の摂政関白家とは異なり公園とはなってはおらず、同志社女子大学の構内となっている。
江戸時代の二条邸
江戸初期には京都御所南部にあったがのちに北部に移転した。現在は同志社女子大学今出川キャンパスの敷地の一部となっている。茶室は同志社大学に移築され現在も保存されている。政所御殿と表門は随心院に移築され、それぞれ庫裏、総門として使われている。
主な人物
二条良実(1216年 - 1270年)
二条兼基(1268年 - 1334年)
二条良基(1320年 - 1388年)
系譜
凡例 太線は実子、細線は養子。(なお嫡流を書き連ねる事とする。)
良実
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
道良 教良 師忠 兼基 経通
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経教 教基 兼基 冬通
┏━━━┻━━━┳━━━┳━━━┓
道平 師基 基教 良冬
┏━━━╋━━━┓ ┃
良基 良忠 道直 教基
┣━━━┳━━━┓ ┃
師良 師嗣 経嗣 冬実
┣━━━┓
満基 持基
┃
持通
┃
政嗣
┃
尚基
┃
尹房
┣━━━┳━━━┓
晴良 良豊 尋憲
┣━━━┳━━━┳━━━┓
兼孝 昭実 信房 義演
|
康道
┃
光平
|
綱平
┃
吉忠
┃
宗熙
|
宗基
┣━━━┓
重良 治孝
┏━━━┳━━━╋━━━┳━━━┓
斉通 輔嗣 寛季 斉信 尚忠
藤原北家(ふじわらほっけ)とは、右大臣藤原不比等の次男藤原房前を祖とする家系。藤原四家の一つ。藤原房前の邸宅が兄の藤原武智麻呂の邸宅よりも北に位置したことがこの名の由来。
祖の房前は元正朝で他の兄弟に先んじて参議に昇進すると、後に祖父鎌足以来の内臣となり、元正天皇の側近として長屋王と政権を争った。聖武朝になると、神亀6年(729年)長屋王の変により政権を掌握し、藤原四子政権でも中心人物として政権を主導したが、天平9年(737年)の天然痘蔓延により他の兄弟とともに病没してしまう。
その後奈良時代後期?平安時代初期にかけては、光仁朝で房前の子である永手・魚名が左大臣となるも、永手の嫡男家依は早逝し、魚名は氷上川継の乱に連座して失脚したこともあり、南家・式家に押されがちの状態にあった。
しかしながら、平城朝以降、大同2年(807年)の伊予親王の変にて南家、弘仁元年(810年)の薬子の変にて式家の勢力が衰えると、嵯峨天皇の信任を得た冬嗣が急速に台頭し他家を圧倒するようになった。さらに、冬嗣(文徳天皇)・良房(清和天皇)・基経(朱雀天皇・村上天皇)と北家嫡流が三代に亘って天皇の外祖父となり、同家の優勢を確立した。以後、北家嫡流が藤氏長者となり、摂政・関白もこの系統から輩出することになった。後に、道長・頼通の代で藤原摂関政治の全盛を極める。
道長・頼通の子孫は五摂家を輩出し公家の最高家格を独占するに至った。また、他の藤原姓の堂上各家もほとんどが北家の子孫である。
派生氏族は公家ばかりではなく、道兼流宇都宮氏・小田氏、長家流那須氏、勧修寺流上杉氏、山蔭流伊達氏、利仁流斎藤氏・加藤氏、秀郷流奥州藤原氏・藤姓足利氏・小山氏・結城氏・佐野氏・小野崎氏など、主に関東・北陸・東北を中心に活躍した多数の武家が藤原北家の末裔と称した。
藤原四家の中では遅く花開いた一族だが、結果として藤原四家の中でも最も根を拡げることになった一族である。
一族
嫡流
藤原鎌足 - 藤原氏祖
藤原不比等 - 鎌足の次男
藤原房前 ? 不比等の次男 藤原北家の祖
藤原真楯 - 房前の三男
藤原内麻呂 - 真楯の長男
藤原冬嗣 - 内麻呂の次男
藤原良房 - 冬嗣の次男
藤原基経 - 良房の養子(長良の三男)
藤原忠平 - 基経の四男
藤原師輔 - 忠平の次男
藤原兼家 - 師輔の三男
藤原道長 - 兼家の四男
藤原頼通 - 道長の長男
藤原師実 - 頼通の三男
藤原師通 - 師実の長男
藤原忠実 - 師通の長男
藤原忠通 - 忠実の長男
近衛基実 - 忠通の長男 近衛家の祖
九条兼実 - 忠通の三男 一条家の祖
主な傍流
藤原永手 - 房前の次男
藤原真夏 - 内麻呂の長男 日野家流祖
藤原長良 - 冬嗣の長男
藤原純友 - 長良の曾孫
藤原良門 - 冬嗣の六男
藤原利基 - 良門の長男 4代後に紫式部
藤原高藤 - 良門の次男 勧修寺流祖
藤原時平 - 基経の長男
藤原実頼 - 忠平の長男
藤原頼忠 - 実頼の次男
藤原公任 - 頼忠の長男
藤原佐理 - 実頼の孫
藤原実資 - 実頼の孫
藤原伊尹 - 師輔の長男
藤原公季 - 師輔の十二男 閑院家祖
藤原兼通 - 師輔の次男
藤原道隆 - 兼家の長男
藤原道綱 - 兼家の次男
藤原道兼 - 兼家の三男
藤原教通 - 道長の四男
藤原頼長 - 忠実の次男
藤原清河 - 房前の四男
藤原魚名 - 房前の五男
藤原藤成 - 魚名の子
藤原豊沢 - 藤成の子
藤原村雄 - 豊沢の子
藤原秀郷 - 村雄の子
ただし、生存時期において嫡流と見なされていた人物がその後の子孫の盛衰によって傍流と位置づけられた者もいる(例・藤原永手・実頼など)。
系譜
凡例 太線は実子。(なお、嫡流を書き連ねることとし、傍系は下記の系図の下に記載する。また養子はあえて記載せず。)
北家本流(摂関家流)
房前
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鳥養 永手 真楯 清河 魚名 御楯 楓麿 宇比良古
┣━━━┳━━━┓
内麿 永継 真永
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真夏 冬嗣 秋継 桜麿 福当麿 長岡 愛発 率 大津 衛 助 収 緒夏
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長良 良房 良方 良輔 良相 良門 良仁 良世 順子 古子
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
国経 遠経 基経 高経 弘経 清経 季平 淑子 高子 有子
┏━━━┳━━━╋━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
時平 兼平 仲平 忠平 良平 頼子 佳珠子 温子 穏子
┏━━━┳━━━┳━━━╋━━━┳━━━┓
実頼 師輔 師保 師氏 師尹 寛子
┏━━━╋━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
伊尹 兼通 兼家 遠量 忠君 遠度 高光 為光 尋禅 公季 安子 登子 愛宮 怤子 繁子
┏━━━╋━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
道隆 道綱 道兼 道義 道長 兼俊 超子 詮子 綏子
┏━━━┳━━━┳━━━┳━━━╋━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
頼通 頼宗 顕信 能信 教通 長家 長信 彰子 妍子 寛子 威子 尊子 嬉子 盛子
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
通房 覚円 俊綱 師実 定綱 忠綱 寛子
┏━━━┳━━━┳━━━╋━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
師通 家忠 経実 能実 忠教 忠長 覚実 仁源 覚信 静意 澄真 行玄 尋範
┣━━━┳━━━┓
忠実 家政 家隆
┣━━━┳━━━┓
忠通 頼長 泰子
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
基実 基房 兼実 兼房 慈円 信円 聖子
魚名流
魚名
┣━━━━━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
鷹取 鷲取 末茂 藤成 真鷹
┣━━━┓ ┣━━━┓ ┃
星雄 真雄 藤嗣 小屎 豊沢
┃ ┃ ┃
松影 高房 村雄
┏━━━╋━━━┓ ┃
時長 山蔭 智泉 秀郷
┃ ┃
利仁 佐高
┃
経臣
┏━━━┫
雅材 元命
┃
惟成
利仁流
利仁
┣━━━┳━━━┓
叙用 光義 利行
┃
吉信
┣━━━━━━━┳━━━┓
忠頼 重光 伊博
┃ ┃ ┣━━━┳━━━┓
吉宗 貞正 公則 為延 則光
┃ ┃ ┃ ┃ ┃
宗助 正重 則経 為頼 則重
┣━━━┓ ┃ ┃ ┃ ┃
貞宗 家国 景道 則明 為永 助宗
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━┓
貞光 信家 景清 公広 為盛 実遠 宗景
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
光家 家通 景員 実信 以成 実直 宗長
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
光明 家経 景廉 実遠 以頼 実盛 景頼
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
光平 泰家 景長 実基 時頼 盛房 親頼
山蔭流
山蔭
┣━━━━━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━━━━━┳━━━┓
有頼 公利 遂長 言行 兼三 中正 如無
┃ ┃ ┣━━━┓ ┣━━━┓
在衡 守義 祐之 為忠 安親 時姫
┣━━━┓ ┃ ┏━━━┫ ┃ ┃
国光 正妃 永頼 忠信 俊宗 高節 為盛
┃ ┃ ┃ ┃ ┃
忠輔 師方 明快 貞仲 定任
┃ ┃ ┃
相任 義範 宗実
┃ ┃
相継 季孝
┃ ┃
相国 家周
┃ ┃
国重 光隆
┃ ┃
兼広 朝宗
┃
盛長
末茂流(六条藤家、善勝寺流、四条家流)
末茂
┣━━━┳━━━┳━━━┓
総継 門継 野継 沢継
┣━━━━━━━━━━━┳━━━┓
直道 秀道 沢子
┣━━━┳━━━┓ ┃
有穂 連永 連茂 恒興
┃ ┃ ┃ ┃
後蔭 鮮子 佐忠 有時
┃
時明
┃
頼任
┃
隆経
┃
顕季
┏━━━━━━━┻━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
長実 家保 顕輔
┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┓
顕盛 長輔 得子 家成 家長 保成 宗保 清輔 重家 季経
┃ ┃ ┏━━━╋━━━┳━━━━━━━┳━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┓
俊盛 実清 隆季 家明 成親 盛頼 実教 経子 経家 顕家 有家
┃ ┣━━━┓ ┣━━━┓ ┃
季能 隆房 円玄 成経 公佐 俊成卿女
┣━━━┓ ┃
隆衡 隆弁 実直
秀郷流
秀郷
┏━━━┻━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
千時 千春 千国 千種 千常
┃ ┏━━━┫
千清 千万 文修
┃ ┏━━━━━━━━━━━┻━━━━━━━━━━━━━━━┓
正頼 文行 兼光
┃ ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃
頼遠 公光 脩行 頼行
┃ ┣━━━━━━━━━━━┳━━━┓ ┃ ┣━━━━━━━━━━━┓
経清 公清 経範 公季 行景 兼行 行尊
┃ ┣━━━┓ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━━┓ ┃
清衡 季清 助清 経秀 公助 景親 成行 孝綱 行政
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━━━━━━┓
康清 助道 秀遠 文郷 景頼 成綱 秀基 政光 行義
┏━━━┫ ┣━━━┓ ┃ ┃ ┣━━━┓ ┃ ┃ ┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┓
仲清 西行 親清 通清 遠義 光郷 能成 頼平 家綱 秀忠 朝政 宗政 朝光 行平 政義
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━┓ ┃ ┃ ┃ ┃
基清 義通 政清 経家 朝光 能直 資頼 俊綱 有綱 秀宗 朝長 時宗 朝広
┃ ┃ ┣━━━┓ ┃ ┃ ┣━━━┳━━━┓
俊通 光政 光季 光宗 忠綱 基綱 秀康 秀能 秀澄
┏━━━┫
俊綱 経俊
房前裔諸流
房前
┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━┓
鳥養 永手 楓麿
┃ ┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┓
小黒麿 家依 雄依 曹司 園人 園主 城主
┣━━━┳━━━┓ ┃ ┃ ┃ ┃
葛野麿 道雄 上子 三起 加祐麿 並人 諸貞
┣━━━┓ ┃ ┃ ┣━━━┓
常嗣 氏宗 宗成 氏雄 貞守 梶長
┃ ┣━━━┓ ┃
興邦 春景 有文 今子
真永流
真永
┃
永貞
┃
嗣宗
真夏流(日野家流)
→(日野家を参照のこと)
内麻呂裔諸流
内麿
┣━━━━━━━┳━━━┓
福当麿 長岡 大津
┣━━━┓ ┃ ┃
数守 賀登子 潔子 良縄
┃
在淵
┃
仁歟
長良流(法性寺流)
長良
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━━━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
国経 遠経 基経 高経 弘経 清経 季平 淑子 高子 有子
┃ ┣━━━┓ ┣━━━┓ ┃ ┃
忠幹 良範 尚範 惟岳 兵衛命婦 輔相 元名
┃ ┣━━━┓ ┃ ┣━━━━━━━┓
文信 純友 純乗 倫寧 文範 知章
┃ ┃ ┏━━━┻┓ ┣━━━┓ ┃
惟風 直澄 長能 藤原道綱母 為雅 為信 頼範
┃ ┃ ┃
惟経 諸澄 中清
┃ ┃ ┃
知綱 永澄 範永
┃ ┃ ┣━━━┳━━━━┓
知信 清澄 良綱 清家 藤原範永女
┃ ┃ ┃ ┃
為忠 遠澄 孝清 永雅
┃ ┃ ┃ ┃
為経 幸澄 範孝 範綱
┃ ┃ ┃ ┃
隆信 経澄 宗隆 良清
┣━━━━━┓ ┃
信実 順徳院兵衛内侍 実隆
┣━━━━━┳━━━━━━┓ ┃
信海 藻璧門院少将 弁内侍 範昌
┃
永康
良門流
良門
┣━━━┓
利基 高藤
┣━━━┓
兼茂 兼輔
┃ ┣━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━┓
兵衛命婦 雅正 清正 守正
┏━━━┻━━━┳━━━━━━━┓ ┃ ┃
為頼 為長 為時 光舒 善理
┃ ┣━━━┓ ┃
伊祐 惟規 紫式部 資国
┣━━━┓ ┃ ┃
頼祐 頼成 員職 国仲
┃ ┣━━━┳━━━┓ ┃ ┃
実範 惟綱 清綱 祇子 盛綱 盛重
┃ ┃ ┃ ┃
伊綱 惟子 隆時 盛国
┃ ┃ ┃
源顕雅母 清隆 邦綱
┣━━━┓ ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
光隆 定隆 重邦 清邦 基行 輔子 綱子
┏━━━┫
雅隆 家隆
┃
隆祐
高藤流(勧修寺家流)
→(勧修寺流を参照のこと)
冬嗣裔諸流
冬嗣
┣━━━━━━━━┳━━━━━━━━┳━━━┓
良房 良相 良仁 良世
┃ ┏━━━━╋━━━━┓ ┃ ┃
明子 常行 多可幾子 多美子 有実 恒佐
時平流
時平
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
保忠 顕忠 敦忠 褒子 仁善子
┃ ┃
信輔 助信
┃ ┣━━━┓
正光 相如 信慶
┃
小侍従命婦
実頼流(小野宮家流)
→(小野宮流を参照のこと)
師尹流(小一条家流)
師尹
┣━━━━━━━┳━━━┳━━━┓
定時 済時 定昭 芳子
┃ ┣━━━┳━━━┓
実方 為任 通任 娍子
┣━━━┓ ┃ ┃
朝元 貞叙 定任 師成
┃ ┃ ┃
師任 成尋 師季
┃
尹時
┃
師綱
┃
親綱
┃
家時
┃
師平
┃
頼基
┃
高基
┃
家綱
┏━━━┫
師言 昌家
伊尹流(世尊寺家流)
→(世尊寺家を参照のこと
兼通流
兼通
┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━┳━━━┓
顕光 朝光 正光 媓子
┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┓ ┣━━━┓
重家 元子 延子 朝経 姚子 兼貞 光子
┃
政兼
┃
隆禅
為光流
為光
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
誠信 斉信 道信 公信 尋光 忯子
┃
実康
┃
頼尊
公季流(閑院家流)
→(閑院流を参照のこと)
道隆流(水無瀬家流)
道隆
┣━━━┳━━━━━━━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
道頼 伊周 隆家 周頼 周家 好親 頼親 隆円 定子 原子 御匣殿
┃ ┣━━━━┓ ┣━━━━━━━┳━━━┳━━━┓
忠経 道雅 顕長 良頼 経輔 良員 季定
┃ ┃ ┃ ┣━━━┓ ┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
覚尋 覚助 伊賀少将 良基 家基 師家 師基 師信 政則 増誉
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
隆宗 宗康 家範 国明 経忠 則隆
┃ ┃ ┃ ┏━━━┫
宗兼 覚讃 基隆 忠能 信輔
┃ ┃ ┃ ┣━━━━━┳━━━━━━━┓
池禅尼 忠隆 長成 信隆 信行 親信
┏━━━┳━━━┳━━━┫ ┃ ┣━━━━━┳━━━┓ ┃
隆教 基成 信頼 家頼 能成 信清 隆清 殖子 定輔
┃ ┃ ┃ ┏━━━┳━━━┻┓ ┃
隆親 隆実 信親 忠信 忠清 西八条禅尼 清親
┃ ┃
長信 基輔
┃ ┃
信家 俊輔
┃ ┃
信顕 清忠
道綱流
道綱
┣━━━┳━━━┓
兼経 道命 豊子
┣━━━┳━━━┓
基家 敦家 顕綱
┃ ┣━━━┳━━━┓
敦兼 家通 有佐 長子
┣━━━┓
季行 季家
┣━━━┓
重季 定能
道兼流
道兼
┣━━━┳━━━┳━━━┓
兼隆 兼綱 兼信 尊子
┣━━━┓
兼房 定房
┃ ┃
宗円 重房
┃
重兼
┣━━━┓
資隆 皇円
┃
隆寛
頼宗流(中御門家流)
→(中御門流を参照のこと)
教通流
教通
┣━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┳━━━┓
信家 通基 信長 静円 生子 真子 歓子
長家流(御子左流)
師実裔諸流(花山院家流)
(*師実の次男・四男・五男に始まる三流をあわせて花山院家流と称す)
師実
┣━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━┓
家忠 経実 忠教
┃ ┣━━━┳━━━┳━━━┓ ┣━━━┳━━━┓
忠宗 経定 経宗 光忠 懿子 忠基 教長 頼輔
┣━━━┳━━━┓ ┣━━━┓ ┃ ┃
忠雅 忠親 覚成 頼実 師経 家通 頼経
┃ ┃ ┃ ┃ ┏━━━┫
兼雅 兼宗 麗子 家嗣 宗長 雅経
師通裔諸流
師通
┣━━━━━━━━━━━┓
家政 家隆
┣━━━┳━━━┓ ┃
雅教 三条局 家子 成隆
┃
雅長
┃
家信
┣━━━┳━━━┓
雅継 雅平 深寛
┃ ┣━━━┓
雅持 親家 雅子
[編集] 頼長流
頼長
┣━━━┳━━━┳━━━┓
兼長 師長 隆長 範長